運動部活動改革とツイッターについて

 運動部活動改革とツイッター活用について

 ここ数年の日本の部活動改革の動きについて、私が最初に関心を持ったのは、2015年のはじめだったと思います。真由子先生のブログや内田良先生のお書きになった記事がきっかけでした。
 長時間に及ぶ活動や、顧問をやりたくない先生がしんどい思いをされているという問題に、米国の事例やシステムを取材して、発信することで、お役に立てるのではないかと考え、記事を書いていました。
 記事を書いたからには、ツイッターで発信もしたほうがよいのかなと思い、自分の思ったことや知っていることをつぶやきました。部活動改革に携わる先生方のツイッターも熱心に読むようになりました。
 しかし、ここ1年ほどは、ツイッターで運動部活動についてつぶやくのを控えるようになりました。それは、私が他の方のツイートを読んだときに、感情が高ぶり、反射的に批判したい気持ちになったこと。実際に、感情が高ぶった状態で批判したこと。私自身のツイートが批判されたときに、いやな気持ちになること。これらが理由でした。
 報道に携わる者の端くれとして、取材をせず、イメージだけで物事を考えて、発信するのはやってはいけないことなのに、イメージ上の問題を前提にして、記事を書いたことも1、2度ありました。
 そういったことから、自分の感情を安定させたい、自分の仕事への取り組みを改めたいと思ってツイートを控えてきました。
 それに加えて、運動部活動についてのツイートを控えたい理由がもうひとつあります。
 インターネットやツイッターは、部活動の問題を見える化し、問題提起をするということには大きな力を発揮しています。しかし、ツイッターは、部活動をこれからどうするのか、という合意形成にはネガティブなものになっているのではないかと懸念するようになったからです。
 これまでの運動部活動を見直し、少しずつ変えていくためには、学校のそれぞれの運動部単位での合意形成が不可欠だと、私は思っています。参加する生徒、顧問してくださる先生、保護者、学校。個々の意見が全て聞き入れられることはないでしょうが、こういう活動にしていこうと、どこかで一致させ、定期的に見直すことが必要なのではないかと考えています。その過程は、生徒たちにとって大きな学びの機会になるように思います。
 ツイッターでつぶやけば、つぶやくほど、分断が起きているような印象を受けています。現場をよく知らない外野の私が加わると、不用な分断をまた、ひとつ作ってしまうかもしれません。
 私は、日本の部活動は全員入部制、全員顧問制をやめ、足りないところは外部指導者の協力を得て、学校で適正な活動量を行うのがよいのではないかと考えています。それと同時に、私が何かを報じるという仕事をする上で、自分の考えに縛られず、米国の事例や問題点を紹介したいと考えています。

何をしたらいいのか、どのようにツイッターを使えばいいのか、考えながら進みたいと思います。